母よ母よ
たうとう あなたは間違えてしまった
毎日みてゐる娘の顔を
<この子は早く母親に死に別れて
わたしが子供のやうに育てたのよ>
死んだ末の妹と間違へたのか
嫁に行った孫と間違へたのか
それから台所のすみにうずくまって
オイオイ泣いた
<何もわからなくなっちゃった
何もわからなくなっちゃった>
わたしよ
鏡のなかに一本づつふえてゆくシラガを
そんなにもやすやすと じぶんにゆるすなら
(まして)
老いてゆく母をゆるさねばならない
母が老いてゆくことを
あなたにはじめて腕相撲で勝ったむかし
わたしは笑ひながら
たくさん泣いた
けふはあなたが泣いたので
わたしは笑はうと必死だったのだ
(まあ奥さま冗談ばかりおっしゃって)
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追ひこされることは ちっともつらくない
甥っ子と海で石投げをすると
はじめはわたしのはうがとんだ
それからだんだん
キャッチボールのとき私の手がいたくなって
ある日 彼のボールがとれなくなった
丁度あのころ
わたしがあなたを追ひこしたのだ
腕相撲に勝ったのはほんとにつらかった
けれど今
あなたはわたしを もう一度追ひこして
ずっと先の方へ 行ってしまった
あなたが三分で忘れることを
わたしだって三日で忘れるのだから
永遠のなかでは たいしてちがはない
母よ
時間が夢のやうに流れて
いとしいものがごちゃまぜになって
うらやましいわ
泣かないで
ほら わたしのシラガをぬいてください
いつもの やうに |